イントロダクション

作曲と愛の間に…。クラシック音楽界の最大の謎のひとつが、いま、解き明かされる!

 1909年、世界的作曲家プッチーニの家で働いていたメイド、ドーリアが自ら命を絶った。プッチーニ・ファンをはじめクラシック音楽愛好家にはよく知られた、のちに〈ドーリア・マンフレーディ事件〉と呼ばれるこのスキャンダルの真実はどこにあるのか──。
 トスカーナ地方、プッチーニが愛した風光明媚な土地トーレ・デル・ラーゴにて、次回作となるオペラ『西部の娘』の作曲に取り組んでいたプッチーニをめぐる妻と愛人、そして創造の秘密へと迫る傑作が誕生した。
 女性を愛し、音楽を愛した作曲家プッチーニ。その生涯に作曲したオペラは出世作の『マノン・レスコー』や『ラ・ボエーム』をはじめとして『トスカ』『蝶々夫人』……と枚挙にいとまがない。ところで、これら名作の陰にプッチーニをめぐる〈愛人〉の存在があったことが、近年、明らかになっている。
1910年に初演された『西部の娘』も例外ではなく、その前年に起こった〈ドーリア・マンフレーディ事件〉は、オペラ創造の源泉でもあった愛人の存在を確かなものにするものと見られてきた。プッチーニの妻エルヴィーラに姦通を疑われ、厳しい追及を受けたというメイドのドーリア。だがしかし、プッチーニの愛人は、ほんとうに彼女だったのか──。
  トーレ・デル・ラーゴの美しい景観のなか、静かに繰り広げられる、女性を愛し続けた作曲家の情熱的な生の断片と創作の秘密、そしてクラシック音楽界の最大の謎のひとつが、いま、解き明かされる!